今月の相談コーナー 毎月 経営に関する様々な疑問にお答えいたします
2016年11月号
この預金は誰のものだ 相続税その3
節税策を検討する前に、相続財産の帰属を巡る問題を取り上げてみたいと思います。
1 預金、宙に浮く
節税策の前に、「この財産は誰のもの?」という悩ましい問題があります。財産の帰属が確定しないと、誰が、いくら納税するのか確定できません。特に、預金、有価証券などで大きな問題が発生しやすいのです。
例えば、父親が「父の遺産としてもらった500万円を将来のために子ども名義の預金通帳としておいた場合」を考えてみます。その後もこの定期預金はそのまま残っていましたが、十数年後、父親が亡くなり相続が発生しました。さて、この定期預金は誰のものでしょうか。
これは実際に経験した事案なのですが、時効にかかっていると主張するためには3つの条件が必要だという判例があります
(1)定期預金証書を子どもが実際に継続して持っていること
(2)定期預金の届出印は子どものものであること
(3)定期預金利息を子どもが受領していたこと
この条件を満たしていないと、実際の所有者は父親であり、単に子どもの名義を借りていただけで、相続時には相続財産として取り扱う必要があるというのです。従って、祖父や祖母が孫のために預金していたとしても、その通帳の所有関係、届出印鑑、利息の受領者の3条件が立証されなければ、相続発生時には相続人の固有財産として名義の如何を問わず相続税の対象とされます。節税のために預金名義を分散しておいても節税効果はありません。相続税の税務調杏では、財産の帰属を巡り常にトラブルが発生しています。相続税では、財産の帰属の認定は重要な課題なのです。
2 環境変化と遺言書の効果
最近経験した事案ですが、親が亡くなり相続が発生しました。この相続では公正証書遺言書が残されており、遺族である3人の子どもの間に争いは生じないと安心していました。しかし、実際には財産分割を巡り大きな争いが生じました。
亡くなった親は、かつて創業した会社の経営を20数年前に長男に引き継ぎ、自身は引退し悠々自適の生活をしていました。その時点で作成されたこの遺言書は、長男である後継者に預貯金の大部分を、ほかの2人には不動産などを相続させる内容でした。その後、長男はこの会社を売却し、第一線から引退しました。ほかの兄弟からみれば、引き続き会社を経営しているのならともかく、すでに引退しているのだから、継続することを前提として作成された遺言書の内容は不合理であると主張してきたのです。さらに法定遣留分の請求などの権利主張がされて、何回かのきわどい折衝の末、長男が譲歩し、遺言書とは別に「遺産分割協議書」を作成し、最後は円満解決しました。
しかし、争族回避のために作成された遺言書があったために皮肉にも双方に若干のわだかまりが生じたことも事実です。最近、争族回避のため遺言書の作成が勧められていますが、作成した後でも家庭環境の変化などに気を配り、それに対応した内容に作り直しておく必要があることを痛感した事案でした。